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超かぐや姫のEDが『ray』だった理由|歌詞が作品とリンクしすぎている

ビーム教官

2026/5/8

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超かぐや姫のEDが『ray』だった理由|歌詞が作品とリンクしすぎている

『超かぐや姫』のエンディングで、BUMP OF CHICKENの『ray』が流れた瞬間。

「あまりにもハマりすぎている」

そう感じた人はかなり多かったはずです。

単なる人気曲のタイアップではなく、
まるでこの作品のために存在していたかのような感覚。

実際に歌詞を読み返してみると、『ray』は『超かぐや姫』のテーマと驚くほど重なっています。

この記事では、

  • なぜ『ray』がEDに選ばれたのか

  • 歌詞が作品とどうリンクしているのか

  • なぜオタク層に刺さったのか

を考察していきます。


『ray』は“見えない存在”を歌った曲だった

『ray』は2014年にリリースされた、BUMP OF CHICKENの代表曲のひとつです。

特に有名なのが、後に公開された初音ミクとの共演版。

この曲は、

  • ボーカロイド

  • ネット文化

  • 仮想存在

  • デジタル時代の孤独

と強く結びついた曲でもありました。

だからこそ、『ray』は単なる恋愛ソングではなく、

「見えなくても、そこにいる存在」

を歌った曲として受け取ることができます。

そしてこれは、『超かぐや姫』のテーマとかなり近い。


「透明な彗星」は超かぐや姫そのものだった

特に印象的なのが、この歌詞です。

「透明な彗星をぼんやりと
でもそれだけ探している」

ここはかなり『超かぐや姫』的です。

作品全体を通して描かれていたのは、

  • そこにいるのに触れられない

  • 理解したと思った瞬間に離れていく

  • 見えているのに実感できない

という感覚でした。

“透明な彗星”という言葉も、

「見えないけれど確かに存在しているもの」

の象徴として読むことができます。

それは、かぐや姫自身にも重なるし、
作品の中で失われていく様々な存在にも重なる。

『ray』が流れた瞬間、
多くの人が“物語の続き”のように感じた理由はここにあるのかもしれません。


「お別れした事は 出会った事と繋がっている」

『ray』の中でも、特に『超かぐや姫』と強くリンクしているのがこの部分。

「お別れした事は
出会った事と繋がっている」

これは作品テーマそのものにも見えます。

『超かぐや姫』は、
単なる別れの物語ではありません。

むしろ、

「別れがあったからこそ、出会いが意味を持つ」

という作品です。

しかもこの歌詞、
喪失を“断絶”として描いていない。

消えて終わりではなく、

「存在した記憶が残り続ける」

という感覚で描いています。

これは作品ラストの余韻ともかなり近い。


「悲しい光」という表現が刺さる

『ray』には何度も“光”が登場します。

ただ、その光は単なる希望ではありません。

「悲しい光は封じ込めて」

「悲しい光が僕の影を前に長く伸ばしている」

ここがかなり重要。

普通、光はポジティブに描かれる。

でも『ray』の光は、

「失ったものが残していった感情」

として描かれている。

これ、『超かぐや姫』の空気感にかなり近いんです。

作品全体が、

  • 美しい

  • キラキラしている

  • でもどこか切ない

という感覚で構成されていた。

だから『ray』の“悲しい光”が異常なほどハマる。


「透明だから無くならない」が作品の核心に近い

個人的に、一番『超かぐや姫』と重なるのがここです。

「あの透明な彗星は
透明だから無くならない」

普通、見えないものは消えていく。

でも『ray』では逆。

「見えないからこそ、感情の中で残り続ける」

という描き方をしている。

これって、

  • 仮想存在

  • デジタルの記憶

  • ネット文化

  • 初音ミク

にも繋がる考え方です。

そして『超かぐや姫』もまた、

「存在とは何か」

を問い続ける作品だった。

だからEDとして『ray』が流れた時、
ただの懐メロでは終わらなかった。

“作品のテーマそのもの”として響いてしまったんだと思います。


なぜオタク層に刺さったのか

『ray』は、
2010年代のネット文化を通ってきた人間にとって特別な曲です。

特に、

  • ニコニコ動画

  • ボーカロイド

  • 初音ミク

  • ネット発カルチャー

を経験してきた層にとっては、
青春そのものに近い。

そして『超かぐや姫』もまた、

「現代オタク文化の感情」

をかなり理解している作品でした。

だからEDで『ray』が流れた瞬間、

「あ、この作品って“そこ”に繋がってたんだ」

と感じた人が多かったのかもしれません。


「この光の始まりには 君がいる」がEDとして完璧だった

最後のこの歌詞。

「この光の始まりには 君がいる」

これが、あまりにも『超かぐや姫』のEDとして強い。

物語が終わったあと、
視聴者は“もう会えないかもしれない存在”を思いながら曲を聞くことになる。

そこで、

「今の自分を作った光の始まりには、君がいる」

という歌詞が来る。

これはもう、
物語の感情をそのまま引き継いでいる。

『超かぐや姫』は、

「失った存在が、その後の人生を照らし続ける」

という作品でもあった。

だから『ray』は、
ED曲というより“物語の続きを歌う曲”になっていたのかもしれません。


まとめ|『ray』は“存在が消えても感情は消えない”という曲だった

『超かぐや姫』と『ray』がここまで噛み合った理由。

それは両方とも、

「存在が消えても、感情は消えない」

というテーマを描いていたからだと思います。

しかもそれを、

  • 宇宙

  • 仮想性

  • ネット文化

  • 記憶

というイメージで描いている。

だからこそ、多くの人がEDで涙した。

『ray』は、
単なる主題歌ではなく、

『超かぐや姫』の感情そのもの

だったのかもしれません。

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